深刻な貧困に苦しむブルンジ

いまだ深刻な貧困から抜け出せずもがく中部アフリカの一国「ブルンジ(ブルンジ共和国)」。面積2.78万平方キロメートルと佐賀県より若干大きい程度と国土は小さく、隣国タンザニアの一部のような位置にある国土に1,117万人(2018年,世銀)が暮らしています。首都はブジュンブラで、総人口の90%と言われる多数派「フツ族」と少数の「ツチ族」のほかトゥワ族という構成。公用語はフランス語とキルンジ語で、宗教はカトリックとプロテスタント。17世紀頃にブルンジ王国が成立したと言われていますが定かではありません。1889年ドイツ保護領となり、1922年ベルギー委任統治を経て、1946年ベルギー信託統治となり、1962年ブルンジ王国として独立を果たしました。1966年当時首相のミコロンベによるクーデターが勃発し、以降クーデターが延々と続きます。この間に王政廃止や1976年のバガザ大佐による無血クーデターがあり、そのバガサが1984年大統領選挙で選出されたものの1987年再度起こった無血クーデターでバガザ大統領は失脚し、ブヨヤ(ツチ系)大佐が国民救済軍事委員会を設立し、大統領に就任。1992年複数政党制を含む新憲法が採択され、翌1993年には複数政党制下で初の大統領選挙が行われました。ンダダイエ大統領(フツ系)が選出され、同年そのンダダイエ大統領暗殺と政権交代がなされ、翌1994年1月国民議会が新大統領ンタリャミラ(フツ系)を選出。同年4月そのンタリャミラ大統領も事故で死亡し、同年10月には、ンティバントゥンガニャ大統領が選出される。1996年軍部クーデターでブヨヤ(ツチ系)元大統領が大統領代行に就任。1998年ブヨヤ暫定大統領就任となり、2000年アルーシャ和平合意を経て2001年暫定政府が成立。ブヨヤ前期大統領が就任し、2003年5月ンダイゼイエ後期大統領就任となり、同年11月暫定政府とCNDD-FDD(民主防衛国民会議・民主防衛戦線)間の和平合意成立、署名が行われました。2005年2月新憲法が国民投票で採択され、同年7月上下院選挙、8月には大統領選挙が実施され、「CNDD-FDDの良き統治大臣」と言われたンクルンジザ(フツ系)大統領が就任。翌2006年FNL(国民解放勢力)ルワサ派との包括的停戦合意が成立し、2010年に行われた大統領選挙で、ンクルンジザ大統領が再選を果たしています。2015年5月国軍によるクーデター未遂事件発生するも、同年8月行われた大統領選挙でンクルンジザ大統領が三期目となる再選を果たしました。これでようやく政権安定で明るい兆しが見え始め現在に至っています。