アフリカへの移住

アフリカへはオランダからの移住者が増え、18世紀末には豊富な地下資源となる金やダイヤモンドなどの獲得をもくろむ西欧人の格好の場所と化していったのです。

時が経過するなかで、入植した白人の子供たちが、いわゆるアフリカーナとして、またそのアフリカーナとの間に生まれたカラードと言われる有色人種らで構成されていく歴史が始まっていきました。当然ともいえる白人と現地人との間に埋まることの無い深い溝が残ったまま歴史を積み重ねていったため、その差別の行きつく果てが南アフリカで行われていた「アパルトヘイト」と言われています。

富むものは益々富み、貧しきものはさらに貧しくという根深い貧困格差拡大の温床となってしまったのです。この政策は周辺のナミビアにも波及していったとされています。この拭い去れない経済格差が、南部アフリカ各国の独立をも遅らせた要因と言われています。