法人人質事件を起こした国アルジェリア

アフリカ大陸で最大と言われる領土と豊富な資源をもつアルジェリア。旧宗主国フランスとの壮絶な争いの末に独立を勝ち取ったとされる同国ですが、イスラム系武装勢力は未だ衰えず、各国の進出を躊躇させる結果となっています。2013年には邦人も被害にあった人質事件は記憶に新しいところでしょう。そんな同国の歴史をひも解いてみましょう。1954年武装勢力「アルジェリア民族解放戦線(FLN)」による独立を求める闘争が開始され、入植していたフランス人の反発をかって自国から軍隊が派遣されるという事態に発展。鎮圧をしようとしたにも関わらず、戦いは長期化し泥沼化の様相を呈していきました。国際世論もアルジェリア独立容認に傾くなか、フランス国内ではその処遇に意見が分かれるという事態に発展。1958年大統領に就任したド・ゴールはその独立を容認することで1962年念願の独立を勝ち取ったとされています。ところが、独立後は独裁政権とクーデター、そしてまた内戦と相変わらずの政情不安は継続されていました。そんな混乱も1999年ブーテフリーカ大統領就任を機に収まったものの、イスラム系武装勢力の脅威はその後も消えず、現在に至っています。2011年の「アラブの春」に影響された民衆によるブーテフリーカ大統領辞任を求める声も、政権の「非常事態宣言」の迅速な解除などに助けられて、他国のような大領領辞任までには至らなかったのが唯一の救いを言われています。ここで解除された「非常事態宣言」と言われているものは、1992年より20年間近く続けられたもので、逮捕状無しで反政府派の人間を拘束できるとされるもので、人権侵害とも言える内容も含まれていたとされています。